川崎医療短期大学 創立50周年記念誌
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18 1977(昭和52)年に、医療の専門的知識を持った秘書を育成する医療秘書科が、日本の大学で初めて川崎医療短期大学に設置されました。創設時の主たる教員には、広島の放射線影響研究所に長く勤務されていた岡田聚・和子夫妻が主任・副主任として就任され、その他には、川崎学園の当時の事務長であった赤畠健先生、病歴室室長の草信正志先生、川崎医科大学附属図書館主任司書の湊泰子先生、コンピューターセンター(現情報システム室)の大森健三先生が兼任教員として着任されました。これから医療秘書教育に携わるという志を持たれた諸先生並びに初期の入学生は、パイオニア精神にあふれ、向学心に燃えていたように感じました。 岡田先生ご夫妻は、日本での大学教育としてのモデルがない中で、アメリカのセクレタリー教育を模範とされていました。学内では、医療や秘書の専門的知識のみではなく、即戦力を身に付けるため、「英文タイプ」「和文タイプ」「速記」「簿記」などの実習が行われ、学生は多くの時間を費やして検定取得に励みました。特に寮生は、門限の10時まで英文タイプ室で検定に向けて競って練習に励んでいたことが印象的でした。また、川崎医科大学附属病院での臨床教授実習においては、各診療科の著名な教授陣の下で充実した実習が行われました。 定員100人の医療秘書科は、1977~2000年までの24年間(1~23期生)で2,381名の卒業生を輩出し、その間、通信教育部医療秘書科(1983~2005年)では890名の卒業生を輩出しました。現在は、川崎医療福祉大学において改組された医療福祉マネジメント学科(2000~2004年)のセクレタリアル・コースを経て、医療福祉マネジメント学部医療秘書学科(2005年~)に引き継がれています。なお、2009(平成21)年からは、大学院修士課程において医療秘書学専攻も設置されています。 医療短期大学医療秘書科の卒業生の多くが川崎学園にも就職しており、医事課長など役職者となっている人もいます。中でも、現医療秘書学科の学科長や現医療福祉大学事務部長も当学科1期卒業生であり、目覚ましい活躍をされています。このように当大学の医療秘書教育は、機能的には有意な人材を育成してきているとの自負を持っています。しかし、経済並びに社会情勢も影響していると思われますが、医療界における「医療秘書」職の確立といったところにまで至っていない状況が今後の課題であると感じています。元医療秘書科助教授清水 昌美医療秘書科創設の思い出

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